ぬた屋屋号

会社概要

店舗外観
会社名
株式会社 ぬた屋
代表取締役
野村 久男
所在地
〒306-0033
ぬた屋本店
所在地: 茨城県古河市中央町3-8-5
Tel: 0280-22-4127
Fax: 0280-22-5199

ぬた屋駅ビル店
所在地: 古河市JR宇都宮線古河駅ビル1階
Tel: 0280-31-4527
設立

昭和56年7月7日(法人化)

資本金

1000万円 

従業員
役員4名 契約社員2名 パート4名
関連会社
有限会社ぬたや商事
仕入先
小原川魚店、(有)瀬古沢商店、(有)幸田川魚店
販売先(順不動)

(有)ぬたや商事、高島屋百貨店、東武百貨店 イトーヨーカドー(3店)イオン(2店)、 東日本キヨスク、一般顧客等

取引銀行(順不動)

常陽銀行古河支店、足利銀行古河支店、 茨城銀行古河支店、関東銀行古河支店

ぬた屋沿革

明治30年
曾祖父 野村安次郎、三神町(現・中央町3-8-5)にて鮒のあらいと鮒の煮付けを販売、屋号を「ぬたや」とする
明治33年
ぬた屋二代目 野村福太郎 生まれる
昭和7年
鮒甘露煮の本格製造・販売を開始
昭和42年

ぬた屋二代目 野村福太郎 没する

昭和44年

古河駅東店開店

昭和52年
古河駅前店開店
昭和56年
有限会社ぬたや設立 、代表取締役社長に 三代目 野村安男が就任
昭和62年
古河駅ビル内1階に、駅ビル店開店
平成元年

有限会社ぬた屋商事設立

平成7年

有限会社ぬたやの資本金を1000万円に増資し、株式会社ぬた屋に組織変更

平成10年

株式会社ぬた屋の代表取締役社長に 四代目 野村久男が就任

平成18年

創業110周年記念商品「若あゆ甘露煮」発売

鮒甘露煮STORY

ぬた屋 野村家の家紋

江戸末期、新潟県小千谷の
おつまさんが
茨城県古河の立て場茶屋
「松村屋」に嫁にきた。
立て場茶屋の松村屋は
馬方に酒とつまみを出し
帰りには弁当として
お握りを持たせ
職人達にはなくてはならない
茶屋であった。
そのつまみが
「鮒の煮付け」であった。
この鮒の煮付けは
小千谷の冬の食べ物
保存食として一般的な
食べ物であった。
おつまが古河の地で
初めて作ったのである。

鮒は古河近郊でたくさん獲れ
最高の地の利であった。
当時の古河は湿地や
湖沼が多かった。
小さな川が入り組んで
毎年のように洪水に見舞われ
中小の湖沼が生まれ
農業には厳しい自然条件を
強いられていたが
鮒の生息には最適であった。
現在でも当時を偲ぶ
面影は残っている。

「立て場茶屋」であるが
古河は境街道、諸川街道
下妻街道、栃木街道、館林街道の
要衝の地であり
街の入り口には
多くの立て場茶屋が存在した。
当時の立て場茶屋は、街道などで
人夫が駕籠や馬などを休息させ
また、人力車や馬車の
発着所として大変賑わった。

当時、松村屋に出入りしていた
ぬた屋創業者の野村安次郎は
つまみとして出されていた
鮒の煮付けのつくり方を
おつまさんから
見よう見真似で覚えた。
当時は砂糖が貴重品のため
鮒を醤油で
煮たものと聞いている。

安次郎は、酒問屋「坂長」で
結婚式の板前として仕えていたが
その後、現在地に居を構え
後の二代目となる福太郎を授かり
鮒のあらいと
鮒の甘露煮を興した。
鮒の大きいのは「あらい」に
小さいのは「甘露煮」として
店に並べられた。
古河地方では、あらいを俗に
「ぬた」と呼ぶので
「ぬた屋」の名はこうして
生まれたのである。

鮒の甘露煮は街の評判となり
原材料となる鮒の需要は高まった
近郊近在の農家が挙がって
鮒を獲って納めるようになった。
湖沼近くで農業を営む人達は
生活を助けるため天秤棒を担いで
鮒を古河の地まで売りにきた。
遠くは館林、藤岡からの
行商もいた。
後に、自転車で
運搬するようになり
農業収入の不足分を補い
中には、一日三往復する
働き者もいたという